献腎移植後11年のリアルな思い|透析離脱から仕事・結婚・出産を叶えるまで(2003年当時)

以下の文章は2003年の移植記念日に、献腎移植後11年の私が当時のホームページに記載していたものです。
当時の思い、当時の文章のままこちらに掲載しますね。

15年目を書き記すことは叶わなかったけれど、
今、再び移植者に戻り本日で4年7ヶ月。
早く半年でも1年でも経って、腎機能ごとまるっと落ち着いて過ごしたい。
そしてドナーさん、ドナーファミリーの皆さまへ、「ありがとう」を伝える活動がしたいと思いながらおりました。
あちこち顔を出したおかげで、たくさんの移植者、ドナーファミリーの皆さま、移植コーディネーター、移植を推進してくださる皆さま、
そして応援してくださる皆さまとのご縁がつながりました!
これからは、私ができることをできる限りしていきますね。
その先に、お役に立てることがあればなんなりと!


2003年3月1日。おかげさまでなんとか11年間腎臓くんと仲良く過ごしてこられました。
私の場合はドナーからの献じん移植だったので、
当時「何年もつかわからないけど、とりあえず5年はもって欲しい」と漠然と思っていました。
移植後の数年間は、好きなことができる!と、仕事に打ち込み連日残業が11時まで続いたり、夜遊びを覚えたりと無理がたたり、何度か拒絶を起こして入退院を繰り返していました。
「このままではヤバい」とまじめに思い、仕事は好きだけど、また透析に戻ったら今度は仕事どころではなくなるなーと反省して、転職しました。
その転職が功を奏して??やりがいのある部署に配属され(やっぱり残業はありましたが(^^;;;)いい上司、同僚に恵まれ(これホント)、毎日楽しく通勤していました。その後、社内結婚し、現在に至る訳です。
結婚して一年後にはまーくんが産まれ、今は子育て中心の生活なので、仕事も辞めてOL生活とはガラリ違う人生を歩んでいるところです。

ふと、振り返ると、
透析を受けていた頃の自分は、バンドにライブに、あちこち駆け回っていました。
当時も元気は元気だったけど、どうしても透析のデメリットと戦いながら、常に制限された生活だった。
そして、
自分が腎移植できると思っていなかった。
結婚できると思っていなかった。
妊娠出産が出来ると思っていなかった。
こんなに元気になれるなんて、思っていなかった。
移植して、透析から離脱出来ました。

私は生き返りました。

あの時、献じんの登録を進めてくれた看護婦さんがいてくれたおかげ。
そしてドナーさんとドナーファミリーの善意のおかげ。
先生や病棟の看護婦さん、コーディネーター、薬剤師さんのおかげ。
今だにお世話になっている両親のおかげ。
暖かく見守ってくれた主人や友人のおかげ。
そのほか大勢の、わたしにかかわってくれた方々のおかげです。

12年経って、「ありがとう」って言いたくて、
ここに今の気持ちを記しておきます。
また、術後15年、20年目が無事来るかはわかりませんが、
その時はまた、15年目の気持ち、20年目の気持ちを
記して行けたらなぁ、と思います。

ありがとう。
そして、
これからもよろしくおねがいします!

2003.4のわたしイラスト

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