「すべてのことには意味がある」という言葉を思い出すとき。
2019年4月6日の記録から。
夫婦間生体腎移植をすると、覚悟をする3年前のお話。
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数日前に、おとさんから
「ドナーが現れても現れなくても、今年中に移植した方がよくない?」みたいな話しをされ、
「おとさんからもらうつもりはないから、ドナーが現れるように祈るから」と即答している自分がいました。
まーくんとも、昨日だったか、そんな話題になり、
「おかさん移植で入院したら(ドナーが現れたケースで)、2〜3週間八王子医療センター入院なので、まーくんはいい子でおとさんと過ごしていてね」といったらば、
「・・・・。いっか」とだけ、言ってました。
おかさんが入院で、そんなに長いこと留守なのは、今までに経験がないので、想像出来なくて「いっか」だったのかもしれません。
そして、おとさんからは「移植するなら、水戸がいいなぁー」と。
私だってそうしたいよ。
「まーくんも、何とかして一緒に入院させてもらえないかな」という話も出ました。
検査入院とかで、おとさんが入院する5日くらいを、ともに病院で過ごせないかと考えています。
それならば、家に一人(姉がいたとしても)、置いていくことはないから、
まだ同じ病院内なら、気持ちもちょっとは違うかなぁ。
この辺の話は、もう少し検討が必要ですな。
生体腎移植が決まると、検査検査が続き、あっという間に移植の日がやってきます。
また、今年の秋を目指して、私はドナーが現れるよう、入院セットを万全にし、いつ呼ばれても良いようにと準備をしようと思います☆
はたして、どっちが早いのだろうか。
待機を初めて13年。
そろそろ出るぞ!といわれてきたこの3年くらいですが、
昨年の献腎移植は1例のみでした。>八王子医療センター
本当に、狭き門ではありますが、
そのたった一人に、私がなればいいって話で、移植の連絡が来た時の様子や、入院生活については実体験がありますので、妄想ものっけつつイメージしていこうと思います☆
- - -ここまで。
まさか夫婦間生体腎移植のための入院が、
5ヶ月以上に及ぶとか、当時は全く考えもせず、
>生体腎移植が決まると、検査検査が続き、あっという間に移植の日がやってきます。
なんて書いたけど、
それは一般的なアレで、私の激レアケースではそんな簡単にはいかなかったのです。
もちろんまーくんも一緒に入院は当然叶わず、
旦那さんがギリギリまで家で見ていてくれ、二人暮らしが私の入院と同様に長期に渡ることは、当時は夢にも思わなかったこととで。
どんな人の人生も、全く同じケースなんてなくて、
どんな人の移植も、全く同じケースなんてないのです。
私はたまたま、執念深いのもあり😅
「絶対に移植者に戻りたい!」という思いを、小﨑先生がくみ取ってくださったのもあり、長期に渡る治療をおこなってもらえたけれど、
違う移植施設だったら、それ以前の問題で叶わなかったかもしれない。
中断することになっていたかもしれない。
「すべてのことには意味がある。」
夫婦間生体腎移植から4年が経ち、節目ごとに痛感するこのことばを思い出す。
2006年、当時はまだ透析に戻っていなくても、献腎移植の登録ができたのだけど、
その日から毎年更新、採血スピッツを透析室で採ってもらい発送し、年1で移植登録病院で検診をし、その年の課金(登録料お支払い)をする。
それを16年繰り返し、ドナーを待ち続けたがその日は来ることはなかった。
(それ以前に、こんなに抗体高かったら、ドナーが現れても厳しいね)というのもあり、
確か移植前の入院時に、登録を抹消した記憶。
(当時は一度献腎移植の登録を抹消すると、次回登録をした時には年数カウントがゼロになりました)
もう後に引けない。
やるしかない。
さらには透析に戻って数年後の、2012年に乳がんに罹患し、手術を受けホルモン剤を服用していたけど、
あの直前にも夫婦間生体腎移植を検討していたのでした。
なぜかモヤモヤがスッキリせず、思い切れない状況が続いたあとのことで、
(あの時無理して、夫婦間生体腎移植をしなくてよかった!!)なんて、
心底思ったけれど、
そんな時もやっぱり
「すべてのことには意味がある。」
って、思ったんですよね。
その時わからなくても、今みたいに時間が経過してわかる時もあるし、
いまだに答えがでないままのものもある。
再度透析に戻り、乳がんを乗り越え、
夫婦間生体腎移植ができるところに辿り着くまで、長かったー!
けど今、その長い年月があったからこその夫婦間生体腎移植なのだ、と。
何やら私の人生、これ以上なくていいよというドラマだらけだけれど、
今、夫婦間生体腎移植後4年。
手術直後の急性拒絶以外は、おかげさまで何一つなく、元気です!
日本臓器移植ネットワークに課金し続けたことも、
今となっては、こうなるための意味があったのかなあなんて、思うのであります。


