おめめどうって、知っていますか? 息子の暮らしを変えた「5つの手だて」
この記事の概要
- おめめどうって、知っていますか?
- 先が見えない毎日は、それだけでしんどい
- 自分で選べるようになると、暮らしは少しずつ変わる
- 伝わらない苦しさを減らしてくれたのが、コミュメモだった
- できないことを責めるより、支えになるものを持たせる
- あのとき「困った子」と見るのをやめたことが、始まりだった
- 今、しんどい渦中にいる親御さんへ
もし今、毎日がしんどくて、先が見えなくて、わが子の行動に心が折れそうになっている親御さんがいたら、伝えたいです。
その子は、変わりたいのに変われないのかもしれません。
伝えたいのに伝えられないのかもしれません。
不安でいっぱいなのに、それをうまく表せないのかもしれません。
うちの息子は、特別支援学校小学部5年の時にマジカルトイボックスの金森先生のご紹介で、おめめどうに出会い、コミュメモや巻物カレンダーを使いながら、今年(2026年)24歳になりました。
ここまでの道のりは平坦ではありませんでした。
それでも、みとおし・えらぶ・おはなし・杖の役割・年齢の尊重という「5つの手だて」は、確かにわが家を支えてくれました。
だから私は、声を大にして言いたいのです。
“困った行動”の奥には、理由があります。
その子に伝わる方法は、きっとあります。
そして、何歳になっても暮らしは、少しずつでも変えていけます。
おめめどうって、知っていますか?
もしまだなら、一度のぞいてみてほしいです。
あのときの私のように、そこから何かが変わり始めるかもしれません。(おめめどう公式)
おめめどうって、知っていますか?
まず、知ることからはじめてほしい
お子さんの強いこだわりやパニック、自傷、他害、不適応行動に振り回されて、
「どうしたらいいのかわからない」
「この子を落ち着かせられるのは私しかいない」
「このまま大きくなったら、どうなってしまうんだろう」
そんなふうに、胸の奥でずっと不安を抱えている親御さんがいたら、私は声を大にして伝えたいです。
“困らせる子”なのではなく、本人が“困っている”のかもしれない。
私は、おめめどうに出会って、その見方を知りました。
私の息子は、自閉スペクトラム症、知的障害、脳性麻痺があります。
そして、小学校5年のときに、おめめどうに出会いました。
それまでの私は、息子の行動を止めること、荒れないように先回りすること、なんとかその場をやり過ごすことに必死でした。
でも、それでは親子ともにしんどいまま、毎日が過ぎていくだけでした。
そんなわが家の暮らしが変わり始めたのが、おめめどうの考え方と、コミュメモや巻物カレンダーなどのグッズを生活の中に取り入れたことでした。
「わからないから不安になる」
「伝わらないから荒れる」
「選べないから受け身になる」
その当たり前のことを、私はやっと理解したのです。
今、息子は24歳になりました。
もちろん、何の苦労もなくここまで来たわけではありません。課題が消えたわけでもありません。
それでもはっきり言えるのは、おめめどうに出会わなかったら、今の息子との生活はなかったということです。
先が見えない毎日は、それだけでしんどい
「みとおし」
おめめどうの「5つの手だて」のひとつめは、みとおしです。
公式では、カレンダーやスケジュールに代表される「見通しのある暮らし」が心を支えるとされています。今すること、次にすること、いつ何があるかがわかることで、人は落ち着いて動きやすくなる。逆に、見通しがないと「心ここにあらず」になり、不適応行動につながりやすいとされています。
この「みとおし」が、わが家では本当に大きな鍵でした。
息子にとって、先がわからないことは、それだけで大きな不安でした。言葉で「あとでね」「明日ね」と伝えても、音声だけでは残らない。何がいつ起きるのか、どこまで待てばいいのかが見えないままでは、落ち着けるはずがなかったのだと思います。
そこで使い始めたのが、巻物カレンダー®️でした。
予定が横に流れて見えることで、「今日はここ」「次はこれ」「楽しみな予定はこの日」と、時間が見えるようになりました。すると、ただ不安に飲み込まれていた状態から、少しずつ「待てる」「準備できる」「みとおしをもって動ける」状態に変わっていったのです。
強い行動が出る子に対して、つい私たちは「その行動を止めなければ」と考えがちです。
でも実際には、その前に、見えないことへの不安が積み重なっていることがあります。
息子に必要だったのは、「落ち着きなさい」という声かけよりも、安心して先を見通せる手がかりでした。
自分で選べるようになると、暮らしは少しずつ変わる
「えらぶ」
ふたつめの手だては、えらぶです。
おめめどうでは、「自分のことは、自分が決める」選択活動のある暮らしが責任を支えるとされています。自分で選ぶ経験を重ねることで、自己決定につながり、与えられるだけではない人生になっていく、という考え方です。
障害のある子を育てていると、親はどうしても先回りします。
私もそうでした。失敗させたくないし、混乱させたくないし、早く済ませたい。だから、気づけば親が全部決めてしまう。でもそれは、息子から「選ぶ機会」を奪っていたのだと思います。
おめめどうに出会ってから、息子の暮らしの中で意識して増やしたのが、「どっちにする?」「いつにする?」「何を選ぶ?」という場面でした。
小さなことでも、自分で選ぶ。
すると、選ばされたことではなく、自分で決めたこととして受け止められるようになり、納得して動ける場面が増えていきました。
息子は今、「自己決定(選択→行動→責任)」のサイクルに乗れていると感じます。もちろん一足飛びではありません。でも、選ぶことを積み重ねた先に、「自分の人生を自分で生きる」土台が育ってきたのだと思います。
強度行動障害や不適応行動で苦しんでいる子どもたちの中には、「自分で決められない苦しさ」を抱えている子もいるのではないかと、今の私は思います。
決めてもらうだけの毎日は、一見ラクに見えて、実はとても苦しいのかもしれません。
伝わらない苦しさを減らしたのが、コミュメモだった
「おはなし」
みっつめの手だては、おはなしです。
おめめどうでは、音声言語だけではなく、「見える形のコミュニケーション」が関係性を支えるとされています。音声は消えていくけれど、文字やメモは残る。視覚的に、具体的に、肯定的に伝えることで、伝わりやすさが大きく変わるとされています。
わが家で、その支えになったのがコミュメモ®️でした。
言ったはずなのに伝わっていない。
その場では聞いているようでも、あとになるとずれてしまう。
こちらは何度も説明しているつもりなのに、息子は混乱し荒れてしまう。
そんなことが、以前は本当に多くありました。
でも、音声だけでは残らない子に、口で何度も伝えようとしていた時点で、そもそも合っていなかったのだと思います。
コミュメモを使うようになってからは、言葉をぶつけるのではなく、見える形で渡すことができるようになりました。
すると息子は、「怒られた」「責められた」より前に、「情報として受け取る」ことがしやすくなっていきました。
これは親子関係にとって、とても大きな変化でした。
今、息子は「「筆談・見えるコム」ができるようになった」と感じています。
伝えられること、伝わることがわかると、息子は落ち着いて過ごせる時間が増えて来ました。
逆に言えば、伝わらないことは、それだけで人を追いつめるのだと、息子から教わりました。
できないことを責めるより、支えになるものを持たせる
「杖の役割」
よっつめの手だては、杖の役割です。
おめめどうでは、できないところばかりを何とかしようとするのではなく、できるところ、動くところ、強いところをしっかり支えることが大事だとされています。強いところを支えることで、それが弱いところを引っぱっていき、自信や意欲につながる、という考え方です。
これは、親の私にとってとても大きな学びでした。
親はどうしても、「できないこと」「困ること」「直したいこと」に目が向きます。私もずっとそうでした。
でも、そこばかり見ていると、「できない、できない」ばかりで親子ともに苦しくなっていきます。
息子にとっての「杖」は、まさにおめめどうのグッズでした。
見通しを支える巻物カレンダー。
やりとりを支えるコミュメモ。
言葉だけでは届かないところを、グッズが支えてくれました。
つまり息子は、「そのまま頑張れ」と言われていたのではなく、頑張れる形に環境を整えてもらったのです。
それによって、できないことばかりが目立っていた暮らしから、できることを足場にして進める暮らしへと変わっていきました。
強い行動が多い子ほど、「問題のある子」と見られやすいです。
でも本当は、支えが足りていないだけかもしれない。
杖があれば歩ける子に、杖なしで歩けと言っていないか。
私は何度も、自分にそう問い直してきました。
障害があっても、その子はその年齢を生きている
「年齢の尊重」
いつつめの手だては、年齢の尊重です。
おめめどうでは、本人はその年齢を生きていること、本人の性別を大切にすることが、ふるまいを支えるとされています。人は「扱われる年齢のふるまい」をする。だからこそ、一人の人として基本的人権を守ることが大切だとされています。
この手だては、息子が成長するにつれて、ますます大事になっていきました。
障害があると、どうしても「幼いまま」で見てしまいやすい。
できないことが多いと、つい小さな子どものように扱ってしまう。
でも、本人は本人の年齢を生きています。
小学生には小学生の世界があり、思春期には思春期の思いがあり、大人になれば大人としての尊厳があります。
息子も、小学校5年でおめめどうに出会ってから、24歳になるまでの間に、当然ながら子どもではなくなりました。
その中で私は、「障害があるから」ではなく、今この人は何歳の人として扱われるべきかを考えるようになりました。
それは、単なる接し方の工夫ではなく、尊厳の話だと思っています。
尊重されると、人は落ち着きます。
認められると、自分も他人も大切にしやすくなります。
逆に、年齢に合わない扱いを受け続けることは、その人のしんどさを深くしてしまうことがあるのだと思います。(note セミナーレポートより引用)
あのとき「困った子」と見るのをやめたことが、始まりだった
変われる方が変わる
今ふり返ると、息子が変わったというより、まず私の見方が変わったのだと思います。
おめめどうの「5つの手だて」は、特別な魔法ではありません。
でも、
みとおしを持てるようにすること。
自分で選べるようにすること。
見える形で伝え合うこと。
その子の強みを支えにすること。
年齢にふさわしい尊重をすること。
そのひとつひとつが、息子の暮らしを確実に変えていきました。
そして何より、
「周りが困っているところは、本人が困っているところ」
この視点を知ったことが、私にとっては大きかったです。
強度行動障害や不適応行動で苦しんでいるお子さんは、わざと困らせているのではなく、困っているのかもしれない。
そう思えるようになったとき、親の関わり方は変わります。
止める、叱る、抑えるだけではなく、
「何がわかりにくいのだろう」
「何が不安なのだろう」
「どうしたらこの子に伝わるだろう」
そう考えられるようになります。
わが家は、おめめどうに出会って、その入口に立つことができました。
今、しんどい渦中にいる親御さんへ
「5つの手だて」を知った今、伝えたいこと
もし今、毎日がしんどくて、先が見えなくて、わが子の強い行動に心が折れそうになっている親御さんがいたら、伝えたいです。
その子は、変わりたいのに変われないのかもしれません。
伝えたいのに伝えられないのかもしれません。
不安でいっぱいなのに、それをうまく表せないのかもしれません。
うちの息子は、小学校5年でおめめどうに出会い、コミュメモや巻物カレンダーを使いながら、今24歳になりました。
ここまでの道のりは平坦ではありませんでした。
それでも、みとおし・えらぶ・おはなし・杖の役割・年齢の尊重という「5つの手だて」は、確かにわが家を支えてくれました。
だから私は、声を込めて言いたいのです。
“困った行動”の奥には、理由があります。
その子に伝わる方法は、きっとあります。
そして、親子の暮らしは、少しずつでも変えていけます。
おめめどうって、知っていますか?
もしまだなら、一度のぞいてみてほしいです。
あのときの私(我が家)のように、そこから何かが変わり始めるかもしれません。
引用 おめめどう公式「5つの手だて」/ おめめどう公式サイト


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